『図書館の魔女』を書いた動機(1)書物を守ったサラセンの学者達

この物語を書いた動機はいくつかある。それを一つずつ言葉にしておこう。

第一に、たとえばアラビアの学者達が果たした、学術の歴史、思想史、数学史における重要な役目を再評価すること。西欧近代の自然科学、人文科学はいずれも、書を護ってきたイスラム教徒達の恩恵を受けていたはずである。しかしそれは案外忘れられている。

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——たとえばアリストテレスの『ニコマコス倫理学』の写本伝統は、狭義の西欧では一度途絶えている。古代ギリシャ・ローマの思想を再発見・再評価して、文芸復興(ルネサンス)そして啓蒙の時代に伝えていくためには、そしていま現代まで届けおおせるためには——誰かがそのテクストを受け取り、保存し、遠く時代を超えた未来にまで守ってこなければならなかったはずである。お膝元の国々、直系の文化的子孫達がそれを失ってしまったというのに、誰がアリストテレスの言葉を守ってきたのか。

——それはある時は古代ペルシャのゾロアスター教徒たちだった。またある時はアラブのイスラム教徒達だった。彼らが異国の文化、異国の思想、異民族の生み出した価値ある書物を翻訳して保存してきたのだった。西欧は近東・中東の学者たちが守ってきたその書物を逆輸入して、遠く時代を隔ててからあらためて受け取ったのである。西欧の合理精神の礎となり、その思考法の基盤となる思想を、西欧すらがひとたび失ってしまっていたのに、ほかでもない近東の異教徒たちがそれを評価し、尊重し、そして大事に保ってきた。

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——古代中国の大帝国、秦は書を焚き儒者を埋めた。エジプトの「アレキサンドリアの大図書館」も焼かれた。焼いたのはキリスト教徒か、独裁者カエサルか、諸説ある。バビロンの学者・筆耕を集めたニネヴェ、「アッシュールバニパルの宮廷図書館」はそのバビロン同盟軍の攻撃によって失われた。羊皮紙(パルシュマン)の一語に記憶を残す「ペルガモンの古代図書館」も歴史の中に消え失せた。13世紀まで何百年も書物を守ったバグダードの「智慧の館」は元(モンゴル)帝国の手で灰燼に帰した。「コンスタンティノープルの大図書館」は何度となく火災に蔵書を失いながら保ってきた命脈を、第四回十字軍の手で絶たれることとなった。

——誰かが図書館を滅ぼし、誰かが図書館を守ってきた。誰かが言葉を抹消しようとし、誰かが言葉を書き残してきた。 誰かが言葉を焼き、誰かが言葉を伝えてきた。

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——西欧でも、その影響下にどっぷりつかっている邦家、日本でも、ペルシャやサラセンの王達を物語の悪役のように描くのは習い性になり、すっかり悪役の立場が定着している。これは古代世界では中近東の諸王朝がギリシャ・ローマの敵であり、キリスト教的中世にあってはサラセンが征伐すべき相手と見られていた、その名残である。この発想のもとに形作られた数々の物語が西欧の古典となってきたことに一因がある。

——この影響は隠然として強い。侮りがたい。想像上の架空世界を舞台とする物語の中ですら、悪の帝国を導く暴虐な帝王はしばしばサラセン風の扮装に身を包む。これを西欧からみた小アジアや中東の文物に対するエキゾティシスムに由来する、単なる演出に過ぎないと考えるのは、危険な見落としにならないか。

——そして今日の世界でも、たとえばイスラム過激派の手による偶像破壊と称する人類の遺産の蹂躙を我々は見てきた。世界を席巻する資本主義の象徴たる「世界貿易の中心」が壊たれ、巨大な塔が引き倒されて更地にされたのを見てきた。大小のテロリスムがいまも継続され、ヨーロッパの新聞の国際面にはまるで「今日のテロ」の欄が常備されているかのようである。イスラムの脅威は日々、変奏され、強化されているように見える。

——だがサラセンに暴虐な王がいた事実は、西欧や、東洋にも残忍苛烈な王達がいたことと引き比べるなら特別の意味を持たない。西欧の文化・文明に逆らうかのように攻め込んでくる「蛮人」たちの振る舞いは、十字軍の野蛮ぶりを思った時には穏当なものにすら思える。むろん、急いで言い添えるなら、このように暴力を相対化して、今日のテロリスムを正当化するかのように議論を誘導するのは愚かである。愚かであるのに加えて、不誠実で非道である。

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——ここで強調したいことは、イスラムの国々に代表される、中近東に盛衰したさまざまな王朝を、あたかも文化の破壊者のように扱って顧みようとしない偏見に抗おうということでは「ない」。そして穏当で平和的な文化・文明の体現者を僭称する西欧世界が、逆に中近東の文化に対してどれほどの蹂躙を働いてきたかを想起させることでも「ない」。そもそも、それは忘れられたことではない。誰でも知っていることだ。

——問題は、そのように、暴力にあけくれた世紀に両陣営が犯してきた罪を、消極的に相対化することでは「ない」。

——いわゆる「文化の衝突」にあって、向こうも悪いがこっちも悪いとか、先に手を出したのはどっちだとか、確かに突き飛ばしはしたが殴り返されたのは不当だとか、そんな水掛け論を言っていても仕方がない。だいたい「文化」のグループを作りあって「文化」同士で「衝突」しているなんていうのは、文化の名に値しない。「両陣営」などと言っている段階ですでに愚である。それは小学校ぐらいで卒業しておくべきことなのだ。問題は「文化の衝突」でもなければ文化の相克でも相対化でもない。文化は衝突しない。

——我々が忘れてはならないこと、強調すべきことは別にある。本当に、うっかりすると、忘れられていることが。

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——イスラム教徒が西欧の文化文物を大事に保存していて、遠く時代を超えて、文芸復興を待ち、啓蒙の時代を待つ西欧に、確かに手渡したということ、返したということ。この事跡の積極的な意味を、文化的な重要性を、我々はともすれば忘れているのではないか。

——だからアラブの知恵ある者達が、疾風怒涛の吹き荒れる洋の東西の交渉する海峡地域に、いかにして文化を守ろうと努めたのか、言葉を保存しようと苦慮したのか、それに取材した物語を構想した。

——ただ私はそれを徹頭徹尾、俗 (laïque) な物語として描こうとした。文化の衝突という発想に敢然と反対するのが、そもそもの動機だからである。主人公が無神論者 (athée) の傾向を持つのには積極的な理由がある。

——そして同じ理由で、明らかにビザンチン、コンスタンチノープルを想起させる舞台設定が、架空の「海峡地域」に書き換えられ、明らかに中世末期の時代背景を霊感源とする物語が一種の稗史へと形を変えた。

——こうして私の物語はファンタジーとなった。架空の世界に架空の歴史を仮構することになった。だがこの物語の構想の由来からして、私の関心は依然としてリアルでアクチュアルなものである。私たちの文明はアラブに借りがある。ある時代にアラブだけが貴重な書物を守っていた。彼らだけが文化を保っていた。

——『図書館の魔女』はもはや私だけの物語ではなくなった。それをどのように読むことも読者に委ねられた自由である。だから作者の関心がもともとどこにあったのか、などということは既に「物語の意味」を拘束するものではない。だが、上のことはどこかで一度はっきりと言っておきたかった。

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